全てを捨てた。私がミニマリストになるまでの道のり

せんりです。以前の記事で、さらりとこう書いていました。

私は、離婚をきっかけにミニマリストに惹かれ、身を寄せていた実家からの引っ越しを機に、ミニマリストになりました。現在は、モノが少なくスッキリとした部屋で、毎日心にゆとりを持って暮らしています。

そこで今回は、私がどのようにしてミニマリストになったのかをお話しします。別居と離婚が深く深く関わっています。

一般的な断捨離法 

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必要最小限のリビング

 

みなさんはどのようにモノを捨てていますか?

 

断捨離本やブログ、テレビ番組に触発されて、「よし!片づけよう!」と一念発起。モノが散乱した部屋のなかで黙々と「ときめくモノ」を選び、必要ないモノを捨てて。クローゼットに本棚、台所、洗面所。選んで捨てて、選んで捨てて。ああ、あっちにもこっちにも、モノが詰め込まれた収納が・・・。

 

「これっていつ終わるの?」

 

挫折された方も多いのではないでしょうか。一度はキレイになっても、いつのまにかリバウンド、「前よりもモノが増えてしまった!」という方も。

 

私は運命の日が来るまで、断捨離しようとすら考えていませんでした。一般の家庭と同じくらいモノがあり、散らかって片づけるのが面倒という日も数えきれないほどありましたが、「いらないものをモノを捨てる」という発想はありませんでした。捨てるのはゴミだけ。

 

そんな私が、突然、断捨離せざるを得なくなったのです。

 

 

その日は突然やってきた

私は前日の昼まで、まさか明日、自分が夫から逃げ出し、別居を始めるとは思ってもいませんでした。
 
夫はその日は夜遅くまで仕事があるため、職場の近くに泊まることになっていました。朝、夫を見送り、いつも通り家事を済ませ、昼食を食べて息子を寝かせると、父から電話があったのです。
 
その電話で、私は大泣きしてしまいました。
 
その頃、本当に辛くて辛くて、父の声にほっとしたのでしょう。そして父が、もう帰っておいでと言ってくれたのです。今後のことは後で考えればいいから、とりあえず帰っておいで、と。
 
後から聞いたのですが、その頃の私は憔悴しきっていたようです。私は荷物をまとめて、翌日、実家に帰ることにしました。
 

選択を迫られた夜

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しろくろ、好きです。

 

もう二度と戻って来ないかもしれない。
 
その時、「離婚」までは考えていませんでしたが、そんな予感が私にはありました。だから、必要なモノは全部持って帰ろうと。貴重品、洋服、本。息子のおもちゃに絵本。
 
洋服も本もおもちゃも、沢山ありました。でも、全てを持って行くわけにはいきません。
 
「いる、いらない、いる、いらない・・・」
 
猛スピードで仕分けしました。明日、家をでなければ、夫に気づかれて、もう実家に帰れなくなってしまうかもしれない。必死でした。
 
幸い、結婚したときに購入した家具・家電の箱は全て納戸に置いていたので、仕分けした荷物を箱にどんどん積めていきました。10箱ほどでしょうか。
 
そして深夜の2時をまわった頃、ようやく荷造りを終え、眠りについたのです。
 

たった一日で手放したもの

この時点で家具家電は全て手放しました。洋服も産後の体型の変化で着なくなったものを置いて行くと、全部で2箱ほど。5箱ほどは書籍・資料。荷造り中に靴の存在はすっかり忘れ、当日履いていた一足だけになりました。
 
申し訳ないことに、息子のおもちゃや絵本の多くを置いていきました。でも、元々与えすぎだったこともあり、それはそれで良かったのかなと思います。後日、いくつか買いたしましたけどね。
 

それなのにまだ、イラナイモノがこんなに

離婚を決意したあとに自分や息子のモノを見ていると、夫が買ったもの、夫が選んだモノが沢山ありました。
 
別居を決意したあの日は、まさか離婚するとは思ってもいなかったので、そのモノ自体に夫が関わっているなんて関係なく、必要だろうと思ったモノを片っ端から詰め込んでいたのです。
 
洋服も鞄も息子の服も絵本も。モノの影に元夫の姿がチラチラと見える。そういったものは、見ているだけで吐き気がするほどでした。
 
夫が関わっているモノは全て捨てようと思いましたが、いまは少しでも生活費が欲しい。そう考えて、全てメルカリで売りました。なかには新婚時に貰った高価なアクセサリー類もあり、そういったモノは質屋に持っていきました。
 
全部売り払って20万円ほど。引っ越しで全てなくなりましたが・・・。
 

そしてミニマリストに

別居にふみきったあの日、家具・家電を全て手放しました。元夫が財産分与にすら応じなかったので、後々戻ってきたものもありません。
 
そして1年後、今度は実家からの引っ越しです。実家で過ごしている間に「ミニマリスト」に出会い、自分もミニマリストになろうと決心していたので、家具・家電は最小限で揃えました。
 

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何もない部屋

 

あの日、別居を決断しなければ、断捨離することはなかったと思います。ミニマリストに惹かれることもなく、溢れかえるモノに囲まれて鬱々と暮らしていたでしょう。

 

そう考えると、別居と離婚も私の人生には必要なことだったと、今では思えます。誰にもおすすめできない断捨離法ですが・・・。

 

すっきりとした部屋で、心にゆとりを持って生活する。快適すぎて、もうこの生活からは離れられません。

 
2017/12/1 追記:我慢しなくていい時もある。逃げなきゃいけない時もある。今置かれている状況が「普通」ではなく「異常」なことだと自分で気づくこと。それが一番大事だと思います。

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